走馬灯に、爆笑のアンコールを

走馬灯に、爆笑のアンコールを

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第一章 不謹慎な男

「……えー、本日はお日柄も悪く」

静まり返った斎場に、場違いな声が響いた。

遺族席の最前列で、喪服を着た男がマイクを握っている。男の名は、神崎(かんざき)カイト。売れない芸人であり、現在は『葬儀サクラ』のバイト中だ。

「故人の田中様とは、生前、一度もお会いしたことがありません」

参列者がざわつく。

雇い主である葬儀社のスタッフが、舞台袖で顔面蒼白になって手を振っているのが見えた。やめろ、降りろ、という合図だ。

だが、カイトは止まらない。

「しかし、棺の中の顔を見て確信しました。この人、絶対にケチだったな、と」

「貴様!」

親族のひとりが立ち上がる。

カイトは動じず、棺を指さした。

「だって見てくださいよ。死に化粧の口紅、ちょっとはみ出してるのを舐め取ろうとしてる口の形ですよ、あれ」

一瞬の凍りつくような沈黙。

その直後。

「ふっ……!」

誰かが吹き出した。

それを皮切りに、クスクスという笑い声が広がり、やがてそれは会場全体を包む温かな爆笑へと変わった。

「あいつ、最後まで意地汚かったもんなあ!」

「そうそう、うな重のタレだけで飯食うような奴だった!」

泣き腫らしていた未亡人が、ハンカチで口元を押さえながら、肩を震わせて笑っている。

悲しみが、笑いによって「思い出」へと昇華された瞬間だった。

カイトが舞台袖に戻ると、葬儀社の男に胸倉を掴まれた。

「お前、クビだ! なんてことしてくれたんだ!」

「でも、奥さん笑ってましたよ」

「うるさい! 二度と顔を見せるな!」

斎場の裏口から放り出される。

小雨が降っていた。カイトは安物の喪服の埃を払い、ため息をついた。

(またやっちまった……)

カイトには、悪い癖がある。

空気が重くなればなるほど、不謹慎な冗談を言いたくなる発作のような衝動。

これのせいで、テレビの仕事も、コンビの相方も、そして今日のバイトも失った。

「面白い葬式だったな」

背後から、しわがれた声がした。

振り返ると、仕立ての良い黒いスーツを着た老人が立っていた。

杖をつき、鋭い眼光でカイトを見定めている。

「君、名前は?」

「……神崎カイトです。ただの通りすがりのクズ芸人ですが」

「クズか。いい響きだ」

老人はニヤリと笑うと、懐から分厚い封筒を取り出し、カイトの胸ポケットにねじ込んだ。

「百万円だ」

「は?」

「手付金だよ。私の『生前葬』で、とびきり不謹慎な漫談をやってくれ」

老人の目は、笑っていなかった。

それは、死期を悟った獣のような、凄まじい飢えを秘めた目だった。

「俺を笑い殺してみろ。それが依頼だ」

第二章 笑わない王様

老人の名は、剛田(ごうだ)厳造(げんぞう)。

財界でその名を知らぬ者はいない、伝説のワンマン経営者だった。

「つまらん」

剛田の豪邸、その広すぎるリビングで、カイトのネタは一刀両断された。

「あのですね、剛田さん。これ、今の若手には結構ウケてるネタでして……」

「わしは若手ではない。来週死ぬ予定のジジイだ」

剛田は車椅子の上で、点滴のチューブに繋がれながら毒づいた。

余命一ヶ月。だが、剛田は来週の自身の誕生日に、政財界の大物を集めて『生前葬』を行うと決めていた。

「わしの人生は、成功の連続だった。金も、名誉も、全て手に入れた」

剛田は窓の外、広大な日本庭園を睨みつける。

「だが、誰もわしの前では笑わん。部下は萎縮し、家族は遺産を計算して顔色を窺う。……わしは、退屈で死にそうだ」

「だからって、俺に罵倒させなくても」

「賛美は聞き飽きた! わしが欲しいのは、わしの人生を笑い飛ばしてくれる『毒』だ!」

カイトは頭を抱えた。

この爺さん、難易度が高すぎる。

だが、カイトの芸人魂に火がついたのも事実だった。

(この偏屈ジジイを笑わせられたら、俺は本物になれるかもしれない)

それから一週間、奇妙な合宿が始まった。

カイトは剛田の過去を徹底的に取材した。

成功の裏にある失敗。隠し子騒動。カツラ疑惑。あだ名が『吸血鬼』だったこと。

「おい、この昭和50年の『社屋ビル・トイレ詰まり事件』って何ですか?」

「……それは触れるな」

「社長である剛田さんが、自らスッポンを持って女子トイレを直したって……」

「書くなと言っておろうが!」

「書きますよ! 最高じゃないですか、天下の剛田厳造が女子トイレで格闘とか!」

怒鳴り合い、言い争い、そして夜になると、二人は縁側で酒を飲んだ(剛田はノンアルコールだが)。

次第に分かってきたことがある。

剛田は、孤独だった。

強すぎるがゆえに、弱みを見せられなかった男。

笑われることを恐れ、威厳という鎧で全身を固めてしまった男。

「カイト」

生前葬の前夜、剛田がぽつりと言った。

「わしは、良い人生だったと思うか?」

その声は、初めて聞くほど弱々しかった。

カイトは月を見上げたまま、軽口で返す。

「さあね。でも、ネタにするには十分すぎるくらい、滑稽な人生ですよ」

「……ふん。減らず口を」

暗闇の中で、剛田の口元がわずかに緩んだのを、カイトは見逃さなかった。

第三章 ラストステージ

当日。

ホテルの大宴会場には、黒いスーツを着た重鎮たちがずらりと並んでいた。

空気は重い。まるでお通夜だ。

ステージ中央には、金屏風の前に鎮座する剛田。

その顔色は土気色で、呼吸も荒い。だが、眼光だけは鋭く客席を射抜いている。

「それでは、余興として……芸人の神崎カイト様に、剛田様への『贈る言葉』を頂戴します」

司会者の震える声。

カイトは派手なサンパチマイクの前に立った。

シーン、と静まり返る会場。

数百人の視線が刺さる。

(ビビるな。俺の客は、あそこに座ってる死にかけのジジイ一人だ)

カイトは息を吸い、ニヤリと笑った。

「えー、本日はお日柄も悪く。剛田会長の地獄行き壮行会へようこそ」

会場が凍りついた。

怒号が飛ぶかと思われたが、カイトは畳み掛ける。

「会長の人生、すごいですよね。銅像が三つもある。でも知ってます? 社員はみんな、あの銅像の頭を『ハトの公衆便所』って呼んでるんですよ」

ピクリ、と剛田の眉が動く。

「創業時の武勇伝も聞き飽きましたよね。『わしは寝ずに働いた』? いやいや、秘書の日報によると、会議中に目を開けたままイビキかいてたそうじゃないですか!」

「ぶふっ!」

会場の隅で、古株の役員が吹き出した。

それを合図に、カイトは剛田の「人間臭い失敗談」を乱れ撃ちにした。

女子トイレのスッポン事件。

カツラが強風で飛んで、隣家の犬がくわえて逃げた事件。

初めてのデートで割り勘にしてフラれた話。

それは、誰もが知っていたけれど、誰も口にできなかった「剛田厳造」の真実。

威厳の鎧を剥がされた、ただの不器用で愛すべきオヤジの姿。

会場は、爆笑の渦に包まれた。

怒っている者はいない。みんな、涙を流して笑っている。

「……く、くく……」

ステージ上の剛田が、肩を震わせていた。

「……ば、馬鹿もんが……! そこまでバラすやつがあるか……!」

剛田は腹を抱え、苦しそうに、けれど今までで一番楽しそうに笑っていた。

カイトは最後に、マイクを握り直して言った。

「剛田さん。あんたの人生、最高に面白かったですよ。これだけの人が、あんたの失敗談で笑ってくれる。……愛されてなきゃ、こうはなりません」

剛田は涙を拭い、カイトを見た。

そして、マイクを通さずに口を動かした。

『合格だ』

第四章 カーテンコール

その夜、剛田厳造は息を引き取った。

生前葬の熱気が冷めやらぬまま、控室のソファで、眠るように。

カイトは、静かになった剛田の顔を見下ろしていた。

その表情は、仏頂面でも、威厳に満ちた顔でもない。

悪戯が成功した子供のような、安らかな笑顔だった。

「……報酬、受け取ってませんよ」

カイトは呟く。

ポケットの中には、手付金の封筒だけ。

そこに、剛田の顧問弁護士が血相を変えて飛んできた。

「神崎さん! 会長からの遺言書が……!」

「遺言? 俺に説教でも残しましたか」

「いいえ、追加報酬です。『わしを笑わせた代金』として」

弁護士が差し出した書類を見て、カイトは絶句した。

そこには、とんでもない金額と、剛田の汚い字で一言だけ書き添えられていた。

『これで、もっとマシなスーツを買え。ツッコミが遅いぞ。――ファン第一号より』

カイトの視界が歪んだ。

こみ上げてくるものを抑えようとして、いつもの悪い癖が出る。

「はは……! なんだよこれ……」

涙が溢れて止まらないのに、口元は笑ってしまう。

「死んでからダメ出しとか……きっついなあ……」

誰もいない控室に、カイトの泣き笑いの声が響いた。

それは、希代の偏屈王・剛田厳造へ捧げる、最後で最高のアンコールだった。

(了)

AI物語分析

【神崎カイト】 幼少期、親の葬式で泣きすぎて過呼吸になり、親戚に「笑ってみろ、楽になるぞ」と言われたことがトラウマ兼スイッチになっている。以来、極度の緊張や悲しみを感じると防衛本能として「不謹慎なボケ」をかましてしまう。本人はそれを呪いだと思っていたが、剛田との出会いで「悲しみを中和する毒」という才能(ギフト)であることに気づく。 【剛田厳造】 「昭和の怪物」と呼ばれる財界人。強面で誰も寄せ付けなかったが、実は寂しがり屋。自分の人生が「偉人伝」として綺麗にまとめられることに吐き気を催していた。カイトの「空気を読まない無礼さ」に、かつての自分が持っていたハングリー精神を重ねている。
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