接続切れの救世主(ラグ・メサイア)

接続切れの救世主(ラグ・メサイア)

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第一章 圏外の底辺

『同接5人とかワロタ』

『誰この陰キャ?』

『装備ショボw 死ぬぞ』

視界の端に流れる半透明のコメント欄。俺、雨宮蓮(あまみやれん)は、ため息を押し殺して錆びついたナイフを振るった。

ドロリとした粘液を撒き散らし、スライムが弾け飛ぶ。

「……あー、Dランクダンジョン『渋谷地下水路』、現在深度300メートル。異常なし」

ボソボソとした声。カメラに向ける愛想もない。

今の俺の視聴者数は7人。そのうち3人はBotだ。

俺には華がない。剣術の才能もない。魔法なんて使えるわけもない。

あるのは、ただ一つのふざけた固有スキルだけ。

【接続不良(バッド・ゲートウェイ)】。

効果は『自身の周囲の因果律に0.1秒〜3秒の遅延(ラグ)を発生させる』。

攻撃に使えばタイミングがズレて空振りし、防御に使えば判定が遅れて直撃する。

「ゴミスキル乙」

「なんで探索者やってんの?」

コメントが俺の心臓をチクチクと刺す。

生活費のためだ。妹の入院費のためだ。反論する気力もない。

その時、ダンジョンの空気が変わった。

ズズズ……と、地鳴りのような音が響く。

『おい、今の音なんだ?』

『なんか映像乱れてね?』

『うわ、別の配信見てみろ! 大手の“シャイニング・レオ”が近くにいるぞ!』

レオ? Sランク探索者の?

嫌な予感がして、俺は通路の角を曲がった。

そこには、絶望が鎮座していた。

第二章 処理落ちする世界

巨大な空洞。本来ならボス部屋ですらない広場に、それはいた。

全身が漆黒のノイズで構成された巨人。

イレギュラー・モンスター、『グリッチ・ゴーレム』。

「う、うわああああ! 助けろ! 俺は人気者なんだぞ!」

金髪のイケメン探索者、レオが腰を抜かして這いつくばっている。

彼の取り巻きたちは既に、赤い肉塊へと変わっていた。

『うわあああグロ注意』

『レオが死ぬ!?』

『誰か助けてくれ!』

俺の配信枠に、レオの視聴者が雪崩れ込んでくる。

同接数が一気に跳ね上がる。

1000、5000、10000。

「……チッ」

俺は舌打ちをし、足を踏み出した。

「おい陰キャ! 逃げろ!」

「死ぬぞ!」

うるさい。分かってる。

あんな化け物に、錆びたナイフで勝てるわけがない。

だが、俺の眼には見えていた。

あのゴーレムの動き。異常に速いが、どこか「カクついて」いる。

(あいつも、バグの一種なら……)

俺はゴーレムの正面に立った。

ゴーレムが腕を振り上げる。

大気が悲鳴を上げ、質量が俺を押し潰そうと迫る。

死の直前。

俺は意識を集中させた。

心臓の鼓動を遅らせろ。

神経の伝達を詰まらせろ。

スキル発動。

【接続不良:最大出力】

第三章 確定する未来

ブツン。

世界から音が消えた。

俺の視界の中で、ゴーレムの拳が空中で静止している。

いや、止まっているのではない。「読み込み中」なのだ。

舞い上がる粉塵。

レオの歪んだ表情。

流れるコメント。

すべてがフリーズした灰色の世界。

俺だけが、重い泥の中を歩くように動ける。

(残り時間、4秒……)

鼻からツーと温かいものが流れる。代償としての脳への負荷。

俺は止まった時間の中、ゴーレムの懐へと潜り込む。

錆びたナイフを、ゴーレムの胸にある「コア」とおぼしき光点に突き立てる。

刃が通らない。硬すぎる。

(物理でダメなら、座標をズラす)

俺はナイフを突き立てたまま、さらにスキルを重ねがけした。

ナイフの刃先だけに「3秒の遅延」を。

柄の部分は「現在の時間」に。

同一物体内で発生する時間の矛盾。

世界が再接続(レコラクト)された瞬間、物理法則がバグを修正しようとして、強烈な反作用を生む。

「……あばよ」

俺は指を鳴らし、スキルの解除を予約した。

最終章 永遠のバッファリング

カッ!!

視界が白く染まった。

遅れてやってきた衝撃音が、鼓膜を破らんばかりに轟く。

「ガ、ガガガガガガガガ!!!」

ゴーレムが奇妙な電子音を発しながら痙攣する。

胸のコアが、ナイフの存在した座標と「衝突」を起こし、内側から弾け飛んだのだ。

ドォォォン!!

巨体が崩れ落ち、黒い霧となって消散していく。

静寂。

「は、はぁ……はぁ……」

俺はその場に膝をついた。

視界が歪む。手足の感覚がない。

『……は?』

『今、何が起きた?』

『映像飛んだぞ』

『一瞬でボスが消し飛んだんだが』

『編集? ラグ?』

『いや、こいつ……マジでやったのか?』

コメント欄が滝のように流れる。

スパチャの嵐が画面を埋め尽くす。

「おい! お前!」

レオが駆け寄ってくる。

だが、俺の耳にはもう彼の声は届いていなかった。

俺の体は、半透明に点滅していた。

(ああ……やりすぎたか)

世界との接続が、不安定になっている。

俺という存在そのものが、処理落ちし始めている。

妹の顔が浮かんだ。

これだけのスパチャがあれば、手術は受けられるだろう。

俺は震える手で、空中に浮かぶ配信停止ボタンを押そうとした。

指がすり抜ける。

「……っ、通信、エラーかよ」

俺の意識は、プツリと途切れた。

配信画面には、ノイズ混じりの映像だけが残された。

そこに映っていたのは、空中に固定され、ピクリとも動かない俺の姿。

“Reconnecting...” の文字が点滅し続ける。

世界が俺を読み込み直すまで、あるいは俺が完全にロストするまで。

俺の戦いは、この永遠のロード画面の中で続いていく。

『レン!? おいレン!!』

『嘘だろ……』

『戻ってこいよ!』

接続者数、750万人。

伝説となった配信は、まだ終わらない。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • 雨宮蓮(レン): スキル『接続不良(バッド・ゲートウェイ)』を持つ底辺探索者。世界に対して「遅延」を発生させる能力を持つが、使用するたびに脳への負荷と存在の希薄化を招く。妹の医療費のために配信を続けている。
  • シャイニング・レオ: 大手Sランク探索者。実力はあるが、承認欲求と視聴者数への執着が強く、他者を盾にすることに躊躇がない現代の歪んだ英雄像。
  • グリッチ・ゴーレム: ダンジョンのシステムエラーから生まれたイレギュラー存在。通常の物理攻撃が通じにくいが、レンの「バグ利用」攻撃には脆弱だった。

【考察】

  • 「ラグ」というメタファー: 主人公の能力は、現代社会における「コミュニケーションの遅延」や「社会からの乖離」を象徴している。彼が英雄になる瞬間、皮肉にも彼は世界(社会)から切断(ログアウト)されてしまう。
  • 視聴者という神: 作中のコメント欄は、無責任な群衆の声を可視化したもの。彼らはレンを嘲笑し、次に賞賛するが、レンが「バッファリング」に陥った後、彼を救う手立てを持たない。消費されるコンテンツとしての命を描いている。
  • 「Reconnecting...」の結末: 死亡ではなく「再接続中」で終わらせることで、読者に「彼は戻ってくるのか?」「それとも永遠に狭間にいるのか?」というシュレーディンガーの猫的な余韻を残している。
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