『静寂の配信者(サイレント・ストリーマー)と喧騒の深淵』

『静寂の配信者(サイレント・ストリーマー)と喧騒の深淵』

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第一章 通知音と殺意

『ピロン♪』

闇の中で、軽薄な電子音が響いた。

俺の心臓が早鐘を打つ。

モンスターの咆哮よりも、その音のほうが怖かった。

空中に浮かぶ半透明のウィンドウ。

そこを流れる、無機質な文字列。

初見ですw ここがFランク最深部?

装備ショボすぎワロタ

死ぬんじゃね? これ死ぬやつじゃね?

コメントだ。

現代社会に突如出現した『迷宮(ダンジョン)』。

そこで命を懸けて探索する様子を生中継する『ダンジョン配信』は、今や世界最大のエンターテインメントとなっていた。

俺、久堂(くどう)カイトは、震える指で愛用の短剣を握りしめる。

視聴者数、現在12人。

同接(同時接続者数)が全てのこの世界で、俺は底辺中の底辺だ。

「……」

俺は何も喋らない。

喋れないのだ。

極度の対人恐怖症。

カメラのレンズが「他人の目」に見えて、喉が張り付く。

それでも金がいる。

妹の入院費。

膨れ上がる治療費。

だから俺は、今日も無言で潜る。

カサリ。

足元の瓦礫が鳴った。

前方、崩れかけたコンビニの廃墟。

そこから這い出してきたのは、全身に「目」がついた巨大な野犬だった。

『視線犬(ゲイズ・ハウンド)』。

目が合うと身体が麻痺する厄介な魔物だ。

うわ、ゲイズ出た!

逃げろ逃げろ

俺なら戦うけどなー(笑)

コメントが視界の端を埋める。

邪魔だ。

消したい。

でも、コメントを非表示にすれば収益化が無効になる。

犬の無数の眼球が、一斉に俺を捉えた。

背筋に氷柱を突き刺されたような悪寒。

身体が固まる。

(動け……動けよ!)

犬が跳躍する。

牙が光る。

その瞬間、俺の視界にある「数字」が変化した。

視聴者数:12人 → 15人

誰かが見に来た。

誰かが、俺の死を期待してクリックした。

その「視線」を感じた瞬間、俺の脳内で何かが弾けた。

——スキル発動。

『透明な拒絶(インビジブル・シェル)』。

フッ、と俺の気配が世界から消える。

姿が消えるわけじゃない。

「認識」されなくなるのだ。

飛びかかってきた犬は、俺の横を素通りし、背後の壁に激突した。

は?

バグ?

今の見た? 犬が避けたぞ

コメントがざわつく。

俺はその隙を見逃さない。

無言のまま、背後から犬の延髄に短剣を突き立てる。

ドスッ。

嫌な感触と共に、犬が光の粒子となって霧散した。

え、つっよ

無言で瞬殺とか逆に怖いんだが

カッケェ……

¥500 ナイスキル!

投げ銭の音が鳴る。

俺は小さく息を吐き、カメラに向かってぎこちなく会釈だけをした。

これが、俺の配信スタイル。

一言も発さない。

顔も見せない。

ただ淡々と、誰にも認識されずに魔物を狩る。

世間は俺をこう呼び始めていた。

『幽霊(ゴースト)』と。

第二章 バズの代償

状況が変わったのは、それから一週間後のことだ。

Dランク迷宮『新宿地下迷路』。

俺はいつものように、影に溶け込んで配信をしていた。

視聴者数は、あれから少し増えて300人ほど。

そこへ、異変が起きた。

通路の向こうから、凄まじい悲鳴と共に数人の探索者が走ってくる。

有名配信者グループ『ブレイブ・スターズ』だ。

「ヤバいヤバい! なんだよアレ!」

「逃げろ! 配信切れ!」

彼らの背後から迫るもの。

それは、通常の魔物ではなかった。

全長5メートル。

全身が真っ赤な筋肉で構成された巨人。

だが、最も異様なのはその顔だ。

顔がない。

代わりに、巨大なスマホの画面が埋め込まれている。

画面には、無数のコメントが高速で流れていた。

殺せ

つまんね

炎上しろ

死ね死ね死ね死ね

『炎上巨人(フレイミング・タイタン)』。

都市伝説だと思っていた。

探索者への「悪意あるコメント」が実体化した、イレギュラーな魔物。

『ブレイブ・スターズ』のリーダーが転倒する。

巨人がその足を掴み上げ、画面のような顔を近づけた。

オワコン乙

画面に文字が浮かぶと同時に、リーダーの身体が発火した。

「ギャアアアアアア!」

強烈な熱波。

俺は物陰で息を殺す。

逃げるべきだ。

俺のスキルなら、気づかれずに逃げられる。

だが。

助けてあげて!

誰かいないの!?

このままだと全滅する!

俺の配信枠のコメント欄が、悲痛な叫びで埋め尽くされていく。

(俺に、何ができる)

(英雄じゃない)

(ただのコミュ障だぞ)

足が震える。

でも、リーダーの横で泣き叫んでいる女性ヒーラーの姿が、妹の姿と重なった。

クソッ。

俺は短剣を逆手に持ち直す。

一歩、踏み出す。

その瞬間、俺の同接数が跳ね上がった。

同接:300 → 5,000 → 20,000

『ブレイブ・スターズ』の視聴者が、近くに反応のある俺のチャンネルに流れてきたのだ。

「……」

俺は走る。

音もなく。

巨人が腕を振り上げる。

その懐へ、滑り込む。

『透明な拒絶』、全開。

俺の存在感(プレゼンス)がゼロになる。

巨人の注意は、燃え盛るリーダーに向いたままだ。

俺は跳んだ。

巨人の膝を駆け上がり、その胸元へ。

狙うは一点。

動力源である、あの不快な「画面」。

刃を突き立てる直前、画面に流れる文字が見えた。

誰だこいつ?

モブ?

やめとけ死ぬぞ

うるさい。

黙って見てろ。

ガシャァァン!

強化ガラスが砕けるような音。

短剣が画面を貫通する。

巨人の動きが止まった。

エラー発生

接続が切断されました

巨人の身体がノイズのように点滅し、崩れ落ちていく。

俺は着地し、フードを目深にかぶり直す。

静寂が戻った通路。

呆然とする『ブレイブ・スターズ』の面々。

そして、俺の目の前のウィンドウ。

同接:150,000人

トレンド1位:謎の無言配信者

¥10,000 神!

¥50,000 結婚してくれ!

¥100,000 名前教えて!

画面を埋め尽くす称賛の嵐。

スパチャの音が鳴り止まない。

俺は恐怖で吐きそうだった。

(見ないでくれ)

俺は逃げるようにその場を去った。

だが、世界はもう俺を放っておかなかった。

第三章 承認の迷宮

俺は有名になりすぎた。

『沈黙の死神(サイレント・リーパー)』。

それが新しいあだ名だ。

同接は常に10万人超え。

企業案件のメールが山のように届く。

妹の手術費は、たった一夜で稼げた。

だが、迷宮の様子がおかしい。

俺が潜るたびに、魔物が強くなっている。

それも、異常なほどに。

ある日、俺は気づいてしまった。

ソロで挑んだAランク迷宮。

そこで遭遇したボスは、巨大な「目」そのものだった。

『承認欲求の権化(デザイア・アイ)』。

そいつは攻撃してこない。

ただ、見つめるだけだ。

だが、見つめられるたびに、俺の配信の同接数が増えていく。

同接:500,000人

数字が増えるたび、俺の身体が重くなる。

「期待」という名の重圧(プレッシャー)が、物理的な質量を持って俺を押し潰そうとしていた。

もっと派手なことしろよ

最近ワンパターンじゃね?

期待外れ

称賛は、いつしか要求に変わっていた。

(やめてくれ……)

俺は膝をつく。

『透明な拒絶』が効かない。

こいつは、俺を見ているんじゃない。

俺を見ている「視聴者」を見ているんだ。

『カイト……モット……ミセロ……』

ボスの声が、直接脳内に響く。

それは、無数の視聴者の声が合成されたような不協和音。

「……っ」

初めて、俺の喉から声が漏れた。

この迷宮は、ただのダンジョンじゃない。

現代社会の「集合的無意識」が作り出した、欲望の掃き溜め。

配信者が人気になればなるほど、その欲望を吸って迷宮は肥大化する。

俺たちは、怪物に餌を与え続ける生贄だったのだ。

第四章 ログアウト

「お兄ちゃん、もういいよ」

病室で配信を見ていた妹からのメッセージ。

「無理しないで」

その一言で、憑き物が落ちた。

俺は立ち上がる。

画面の向こうの50万人に向かって、初めてカメラを直視した。

フードに手をかける。

え?

顔出し?

まじか!

俺はフードを脱いだ。

平凡な、どこにでもいる青年の顔。

目の下にはクマがあり、怯えたように震えている。

「……俺は、英雄じゃない」

掠れた声。

マイクが初めて俺の声を拾う。

「ただの、怖がりな人間だ」

ボスの巨大な瞳が揺らぐ。

「神秘性」というヴェールが剥がれ、俺がただの人間だと露見したことで、視聴者の熱狂が冷めていくのがわかった。

なんだ、普通の陰キャじゃん

解散解散

期待して損した

同接が、恐ろしい勢いで減っていく。

50万、30万、10万……。

だが、それに比例して、俺の身体は軽くなった。

重圧が消える。

「特別」でなくなる。

『グヌゥ……キサマ……!』

ボスが苦しみ悶える。

承認欲求というエネルギーを失い、その存在を維持できなくなっているのだ。

俺は短剣を構える。

今なら、届く。

「配信、終了だ」

俺はカメラに向かって、今日一番の笑顔を作った。

それは引きつっていたかもしれないが、俺自身の意思による笑顔だった。

俺はカメラを叩き割った。

プツン。

世界中で、画面が暗転する。

暗闇の中で、俺はボスの瞳に短剣を突き立てた。

最終章 エピローグ

数ヶ月後。

とある小さな喫茶店。

俺は妹と向かい合って座っていた。

妹の手術は成功した。

配信のアカウントは削除した。

貯金はあるが、これからは地味に働くつもりだ。

「ねえお兄ちゃん、これ」

妹がスマホを見せてくる。

そこには、新しい人気配信者が映っていた。

派手なエフェクト、過激な言動。

迷宮はまだある。

欲望がある限り、消えることはない。

でも、俺はもう関係ない。

カランコロン。

ドアベルが鳴り、客が入ってくる。

俺は「いらっしゃいませ」と声をかけた。

声は震えなかった。

俺の日常は、ここにある。

通知音の鳴らない、静かな世界に。

AI物語分析

本作の主人公、久堂カイトは「現代の矛盾」を体現するキャラクターである。彼は「誰にも見られたくない」という強烈な願望を持ちながら、「見られること」でしか稼げないダンジョン配信業を選ばざるを得ない。彼が持つスキル『透明な拒絶』は、彼の拒絶心の具現化であり、皮肉にもそれが彼を最強の『見えないエンターテイナー』へと押し上げる。物語の核は、彼が「神格化された虚像」を自らの手で破壊し、「等身大の人間」としての尊厳を取り戻すプロセスにある。彼にとってのハッピーエンドは、富や名声を得ることではなく、通知音に怯えることなく「いらっしゃいませ」と他人に言えるようになる、そのささやかな一歩に集約されている。
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