スパチャで除霊する俺が、信者ゼロの元英雄を救うまで

スパチャで除霊する俺が、信者ゼロの元英雄を救うまで

主な登場人物

カケル(HN: ネオン)
カケル(HN: ネオン)
24歳 / 男性
現実では無精髭にジャージ姿で死んだ魚のような目をしているが、配信上では派手なアバターと加工された美声。
ミナト(HN: ミナ・ミラクル)
ミナト(HN: ミナ・ミラクル)
不詳(生前26歳) / 男性(怪異)
ノイズが走る半透明の身体。顔はコメント欄の罵詈雑言で構成されており、常に何かをブツブツと呟いている。
古参リスナー『名無し』
古参リスナー『名無し』
17歳 / 女性
物語上はコメント欄のテキストとしてのみ登場。アイコンは初期設定のまま。クライマックスでスパチャと共に彼女の『祈り』が可視化される。
2 4590 文字 読了目安: 約9分
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第1章: 換金される命

廃墟の淀んだ空気。それがカケルの肺をじっとりと犯していく。築四十年の木造アパート、六畳一間にひしめく万年床と安物の機材。モニターの放つ青白い光だけが、この薄汚れた空間における唯一の照明だった。

脂ぎった黒髪をかき上げる。伸びきった前髪の隙間から、濁ったドブ川のような暗い瞳でコメント欄を睨みつけた。無精髭の浮いた頬を、毛玉だらけのジャージで乱暴に擦る。鏡に映る自分は、腐敗した魚そのもの。だが、配信ソフトの『開始』ボタンを押した刹那、その死相は一変する。

「はいどうもー! 心霊配信界の超新星、ネオンだぜ! 今夜はマジでヤバい『開かずの間』からお届けしちゃうから、瞬き厳禁だぜ?」

ボイスチェンジャーで加工された甲高い声。画面上のアバターは、原色で彩られた派手な少年。現実の肉体という牢獄から、電子の皮を被っての脱走。同接数は「3」。そのうち一人は自分だ。

カケルが用意した釣り糸の仕掛けで、背後の日本人形を動かす。安っぽいヤラセ。コメントは流れない。ため息をつき、ペットボトルのぬるい水を飲もうとした、その時。

室温の、急激な低下。

肌を刺すような冷気ではない。内臓を直接鷲掴みにされるような、粘着質な悪寒。背後の壁から赤黒いしみが広がり、やがて人の形を成していく。重力に逆らって浮き上がる長い黒髪。その奥から、眼球のない眼窩がカケルを見据えた。

仕込みじゃ、ない。

「あ……」

喉が痙攣して音が出ない。心臓は肋骨を砕かんばかりの早鐘。逃げようと椅子を蹴るも、足は鉛のように重い。赤い女の影が、鎌のような爪を振り上げた。

死ぬ。

《緊急同期。視聴者の熱量を霊力へ変換します》

脳髄に直接響く、無機質な機械音声。

直後、PCから軽快な電子音が鳴る。

『くさ(¥100)』

リスナーが適当に投げた百円のスーパーチャット。その硬貨のアイコンが画面から飛び出し、実体化して弾けた。まばゆい光の礫(つぶて)が赤い女の顔面を直撃する。

「ギャアアアアア!」

怪異が焼け爛れた顔を覆い、後退った。カケルは呆然と、空中に浮かぶ半透明のステータスウィンドウを見上げる。

【現在所持金(霊力):100 JPY】

理解が追いつくと同時に、生存本能が回路を繋ぐ。金だ。金が弾丸になる。

「……おい、見たかよ今の!」

カケルはカメラに齧り付くように叫んだ。なりふり構わず、涎を飛ばしての咆哮。

「これCGじゃねえ! マジもんの幽霊だ! 助けてくれ、死にたくねえなら金を投げろ! お前らの百円が俺の命綱なんだよ!!」

第2章: 承認欲求という麻薬

「オラァ! 千円スパチャあざーす! 消し飛びやがれ!」

カケルの右腕が黄金色の光を纏い、襲いかかる餓鬼の群れを薙ぎ払う。拳が霊体に触れるたび、ジュッという肉の焼ける音と、札束を数えるような乾いた音が交錯した。

同接数、一万五千突破。

画面の向こう側の人間たちは、これが現実の殺し合いだとは露とも思っていない。彼らにとって、カケルの必死の形相は「神懸かった演技」であり、飛び散る怪異の体液は「最新鋭のARエフェクト」だった。

『演出神すぎwww』

『ネオン覚醒したな』

『赤スパ投げるからもっとピンチ演出して』

滝のように流れる賞賛のコメント。カケルの脳内で炸裂する脳内麻薬。借金取りの怒号と、コンビニバイトの店長の蔑んだ目。そんな灰色の日常が、黄金の光に塗りつぶされていく。

「見ろよ! 俺は今、輝いてる!」

カケルは笑った。頬が引きつり、目が血走っていることにも気づかずに。ジャージのポケットには何も入っていないが、システム上の所持金は数十万円。この全能感。指先一つで異界の化け物を消滅させる快感。

もっとだ。もっと数字をよこせ。

わざと怪異の攻撃を受ける。削げ落ちる肩の肉、噴き出す鮮血。激痛に視界が明滅したが、彼は狂ったように笑い声を上げた。

「痛ってぇなぁ! でも足りねえよ、こんなんじゃ俺は死なねえ! もっと過激なのが見たいんだろ!?」

血の味は、鉄と金の味。

視聴者の欲望が、どす黒い渦となってカケルの部屋に集束していく。モニターの奥、インターネットの深淵から、それまでとは桁違いの「悪意」が這い出そうとしていることに、熱狂するカケルだけが気づいていない。

第3章: 呪いの正体

部屋の空気が凍りついた。それまでの雑魚怪異とは、存在の密度が違う。

モニターから這い出してきたのは、ノイズ混じりの半透明な人影。

顔がない。目も、鼻も、口も。

代わりに、無数の罵詈雑言が皮膚のようにへばりついていた。『死ね』『オワコン』『裏切り者』『消えろ』。文字が蠢き、歪な表情を形作っている。

「……ミナト、さん?」

震える唇。

かつて配信のイロハを教えてくれた先輩。数字のプレッシャーに潰され、ある日忽然と姿を消した恩人。その成れの果てが、目の前にいた。

「数字を……よこせ……」

怪異の呻き。ラジオのチューニングが合わない時のような、不快なノイズ。

「オレを、見るな……! でも、忘れるな……!」

矛盾した叫びと共に、ミナトの腕が伸びる。カケルは反射的に五千円の赤スパチャを消費し、光の障壁を展開した。だが、ミナトの腕は障壁を素通りし、カケルの首を絞め上げる。

《警告:怪異の正体は、数字に殺された配信者の魂です》

システム音声が無慈悲な事実を告げる。

《彼らは生命力ではなく、あなたの『人気(同接・スパチャ)』を捕食します》

「がっ、あ……!」

呼吸困難と同時に、カウンターの数字が減っていくのが見えた。ミナトがカケルの「数字」を吸い取っているのだ。

「返せよ……俺の数字だ……俺の居場所なんだ……!」

ミナトの顔を覆う『オワコン』という文字が、カケルから奪った光で『神』という文字に書き換わっていく。

カケルはスパチャを剣に変え、ミナトの脇腹を貫いた。

「ぎゃあああああああ!」

ミナトの絶叫。それは怪物の咆哮ではない。人間が、尊厳を踏みにじられた時の悲鳴。

「やめろ、やめてくれ! アンチコメを書かないでくれ! 俺は頑張ってるだろ!?」

カケルが攻撃(スパチャ消費)をするたび、ミナトの精神が削れていく。リスナーたちはその残酷な同士討ちに沸き立った。

『すげえドラマ性』

『先輩殺しキター!』

『感動のフィナーレwww』

膝が崩れ落ちる。俺は、何をしている? 恩人を、金で殴りつけて、その悲鳴を売り物にしているのか?

第4章: 数字0の絶望

躊躇いが、動きを鈍らせた。

カケルが攻撃の手を緩めた瞬間、エンターテイメントとしての熱量が冷める。視聴者は残酷だ。彼らは「質の高い暴力」が見たいのであって、配信者の葛藤など求めていない。

『なに止まってんの?』

『萎えた』

『茶番乙』

『解散解散』

潮が引くような、同接数の激減。一万、五千、千、百……。

数字の減少は、カケルの武装解除を意味する。輝いていた光の剣が、錆びついた鉄屑のように崩れ落ちた。

「待ってくれ……行かないでくれ……!」

カケルはモニターに向かって手を伸ばした。ミナトの爪が、無防備になったカケルの肩を深々と抉る。

「あぐっ!」

舞う鮮血。今度は演出ではない。骨まで達する痛み。

だが、それ以上に痛いのは、コメント欄の静寂だった。

同接、一桁。

スパチャ残高、ゼロ。

防御壁の消滅。ミナトの形をした呪詛の塊が、カケルに馬乗りになった。

罵詈雑言の顔が、カケルの顔の目前まで迫る。

「俺を見るなあああああ!!」

ミナトの拳が振り下ろされる。カケルは床の埃と自分の血に塗れながら、胎児のように丸まった。

「痛い、痛い、死にたくない!」

格好いいセリフなど出てこない。

配信者ネオンの仮面は剥がれ落ち、そこにはただの、孤独で無力な二十四歳の男が転がっていた。

「助けて……誰か……俺を見てくれ……」

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、カケルは嗚咽した。プライドも、夢も、承認欲求も、すべて泥水に溶けていく。

死ぬ。誰にも知られず、この汚い部屋で、数字の亡霊に食い殺される末路。

その時。

暗転しかけた視界の隅で、PCの通知音が微かに鳴った。

第5章: 1円の重み

『カケルさん。生きて』

たった一行。金額は最低設定額の百円にも満たない、システム外の直接送金。

だが、そのメッセージには、名前があった。

HN『名無し』。

カケルが同接一人だった時代から、ずっとそこにいてくれたアイコン。初期設定のまま、灰色の人影。

その瞬間、カケルの胸の奥で、何かが着火した。

派手な爆発音も、眩い閃光もない。だが、それは蝋燭の炎のように、小さくても確かに、闇を押し留める熱を持っていた。

「……あ……」

カケルは震える指で、そのメッセージを握りしめるように空を掴んだ。

数万人の野次馬じゃない。一人の、この一人のために、俺は声を枯らしていたんじゃなかったか。

カケルはよろめきながら立ち上がった。

残高はほぼゼロ。攻撃手段はない。だが、カケルはミナトを見据えた。

「ミナトさん。あんたが欲しかったのは、数字なんかじゃなかったはずだ」

システムへのアクセス。攻撃モードではない。「送金」モードへ。

全財産どころか、未来の収益、自分の寿命、存在そのものを担保に入れた、限界突破の『逆スパチャ』。

「あんたが本当に欲しかったのは……これだろ!」

カケルの胸から、温かな光が溢れ出した。それは鋭利な刃ではなく、包み込むような光の奔流。

彼はミナトを抱きしめた。

ノイズが走るミナトの身体に、カケルの全霊力が注ぎ込まれる。

『死ね』『消えろ』という文字が、光に溶け、剥がれ落ちていく。

「う、あ……あったかい……」

ミナトの声からノイズが消えた。

罵詈雑言の下から現れたのは、カケルが憧れた、あの日の優しげな青年の顔。彼はカケルの肩に額を預け、憑き物が落ちたように泣いた。

「ありがとう……見ていてくれて、ありがとう」

炸裂する光。部屋全体を白く染め上げる。

六畳一間のアパートが、一瞬だけ、祝福された聖堂のように輝いた。

* * *

朝陽が、割れた窓ガラスから差し込んでいる。

部屋は台風が去った後のように荒れ果てていた。モニターは焼き切れ、黒い煙を上げている。

カケルは瓦礫の中で大の字になり、天井を見上げていた。

身体中が痛い。借金は減るどころか、機材の破損で増えただろう。配信者としてのキャリアも、昨夜の無様な醜態で終わったかもしれない。

だが、カケルの瞳は、かつてないほど澄んでいた。

ドブ川のような濁りは消え、今は朝焼けの色を映している。

スマホが振動した。

画面には、あの一人のリスナーからの短いメッセージ。

『お疲れ様でした』

カケルは無精髭の口元を歪め、へたくそな、しかし心からの笑みを浮かべる。

「……ああ、お疲れ」

彼は埃まみれのジャージの袖で涙を拭うと、ゆっくりと、けれど確かに、自分の足で立ち上がった。

クライマックスの情景

AI物語分析

【物語の考察】

本作は現代社会における「承認欲求の暴走」と「数値化される人間の価値」を、心霊ホラーというフォーマットで寓話化したものである。主人公が使う「スパチャ(金)を攻撃力(霊力)に変える」というシステムは、資本主義社会における「経済力=生存能力」という冷徹な事実のメタファーだ。

【メタファーの解説】

『怪異ミナト』
彼は単なる悪霊ではなく、主人公カケルの「未来の可能性」である。数字に取り憑かれ、自己を見失った者の成れの果て。彼の身体を覆う罵詈雑言は、インターネット上の無責任な悪意が、受肉して人を蝕む様を視覚化している。

『1円未満の送金』
クライマックスでカケルを救ったのは、システム上の大金(攻撃力)ではなく、システム外の微細な送金(純粋な想い)であった。これは「数値化できない想いこそが、最も強い救済になる」というテーマを象徴しており、大量の野次馬よりもたった一人の理解者が、人の魂を支えるという真理を描き出している。

この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

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